雑記

お気に入りの「本棚」

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ここ二か月ばかり新聞の夕刊の一面には横尾忠則さんが自らの生を振り返るコラムがありそこで画家でありながらも小説を書く彼はまったく本を読んでこなかったとのこと。先人の文体や技巧をまねてということがないということなのでしょうが、翻って私は本が自身の知の代替になどなるはずもないのに手元にないと落ち着かないという病にあり、それで自身の存在の不安を埋めることなどできるはずもないのだけれど、必然その収納をどうするかという問題が悩みの種に。以前クリニックの設計で待合の本棚を検討していた際、シェーカーチェアーでお馴染みのボーエ・モーエンセンの剛健な本棚を銀座のビンテージ家具屋さんで見かけ、これなら私が欲しいぐらい良いものですとドクターに提案し購入していただいたものの、雑誌の収納としては思いのほか使いづらく開院を迎える時分には院長室に移動されていたこともあったりして、閑話休題。今回ご紹介する私のお気に入りは「本棚」です。

平成建設藤沢支店は一階がショールーム・打合せスペース、二階が設計・営業部門スタッフのオフィスで幅7.5m×長さ15mの平面形状の長手方向壁面には、平成建設社員大工さん製作による造作本棚があります。造作とは、家具屋さんが工場で製作したものを現場に運び備え付ける家具ではなくて、建築のサイズに合わせて大工さんが材料を現場で刻んで造り付ける棚などをいいます。造作家具は工場で作るものと比べると精度は多少落ちますが、サイズの自由度があるのと複雑な製作ができない分シンプルな作りとなりコストが比較的抑えられるといった違いがあります。またその他の内装で使用している材料と合わせることでき、たとえば階段の踏み板や棚といった板状の要素を同じ属性として統一させるといった工夫ができます。藤沢支店の本棚も、造作している作業台と同じラワン材という昔ながらの素朴な材で製作されていることで、玄人ごのみのベーシックなたたずまいをオフィス空間に醸し出しています。この本棚は、水平な板部が24mm厚のラワン合板、それを支えるT字型の30mm角のラワン無垢材により構成されています。棚の奥行き方向に掛け渡されたT字の支持材は板の横幅方向に50cm程度の間隔で連立しています。カタログやカットサンプル、建築雑誌などかなりの重量を支えているにもかかわらず、一見華奢に見える部材の組み合わせのこの本棚はたわみを感じさせることはありません。部材同士の接続部はのぞき込めば見えるかなという程度に周到に固定されているため、一見ポンポンと重ねた積み木のような印象があります。

この本棚には元型があって、平成建設世田谷ショールーム事務所でも同じ大工さんの造り付けによるものがあるとか。ただ藤沢のものとは形状が少し違い、棚板をささえるT字の部材が世田谷バージョンではI型の柱になっています。そのシルエットは和室の床の間脇によくある違い棚を支える海老束や、近代建築の巨匠であるル・コルビュジェが提唱したドミノシステムと呼ばれる板状の床スラブを支える自立柱を私たちに連想させます。I型はT字と比べシンプルで材も少なくすむのですが、実はこの支持方法では板にたわみが出やすいことがこの時わかり、そのため藤沢バージョンではT字に改良されたとのこと。この経緯に設計者と製作する大工さんとの間で、品質を担保するためのギリギリのラインを確保しながら最小限の部材で美しいプロポーションを目指すプロ意識の交錯があったことが窺われます。オフィス空間といえば、お客様の目に触れるところでもなくあくまで自分たちの身の回りの環境です。そんななんでもない身近な場所だからこそ、手を抜くことなく自分たちのこだわりのスペースを実現しようとする姿勢をこの本棚に見止め、入社間もない頃の私はたいしたものだなあと感じ入った覚えがあります。社風とはこんなところに見え隠れしているものなのでしょう。

先日新幹線の新神戸駅からものの3分ばかりにある竹中工務店が自社の企業博物館として建築した「竹中大工道具館」に立ち寄る機会がありました。西暦1600年代前半の創業の頃からの歴史のあるゼネコンさんならでは、木造伝統工法を培ってきた大工文化を縄文時代からの変遷や世界の国々との比較を通して後世に伝承していくための施設です。様々な興味深い展示がある中で特に目を引いたのが、昭和の初期の大工さんが必要とした大工道具の標準的な編成の展示です。総数179点が一同に壁面に並ぶ様は圧巻、これがスタンダードなの?鉋(かんな)だけでも42個ありました。日本の道具は“引く”動作で切ったり削ったりするのですが、世界的には力を入れやすい“押す”動作による道具がほとんどとのこと。繊細な加工をするのには引くほうが適しているからだと考えられています。

もうひとつこの道具館で紹介されていた言葉「五意達者」をご紹介します。江戸時代初期の大工技術書の『匠明』には「五意達者にして昼夜怠らず」という心得が記されており、「五意」とは、「式尺の墨かね(設計術)」「算合(積算)」「手仕事(作業)」「絵様(装飾下絵)」「彫物」をいいます。実際に出来上がるかたちを眺めるだけではなかなか見えてこない情報が、製作する道具やことばを介することで初めて伝わることの不思議さを体験できました。

なんとなく素敵だなと思うものには相応の秘訣や工夫があって、自身の感性を総動員してやっとその秘密にたどり着ける幸運なときもあれば見過ごすことも多いのですが、建築をつくる行為にHEISEI DAIKU MINDをプラスし、後の世代が世界の秘密を体現するための発火剤を日々遺しつつあるのだという心意気を忘れずにいたいものです。

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