雑記

お気に入りの椅子「可もなく不可もないデザイン」

椅子2

平成建設藤沢支店ショールームの受付前にはちょっとしたギャラリースペースがあり、厳選した過去の住宅事例を紹介しています。壁面の写真パネルと白い台座上の図面とがセットで並べられており、これから建てようとする家のイメージを住宅モデルに投影し楽しむことができます。

ささやかなコーナーではありますが、そこには小さめの丸テーブルと四つの簡素な椅子があって長くそこでくつろぐというよりは、鑑賞の合間に気分を一新できる美術館のベンチのような役割を果たしています。

今回ご紹介するお気に入りの○○は、この何気なくある「椅子」です。

ポリプロピレンでできた座面に鏡面のメッキがされたスチールの脚部、決して特別な素材ではありません。からだになじみのよい形状ではありますが、背から座にかけての曲線は取り立てて魅力的なラインを形成しているわけでもありません。絵心の成長段階にある子供が落書きした椅子、とでも形容できましょうか。あるものを椅子と認識するために最低限必要な輪郭だけがあるかのよう。一目で誰がデザインしたかが分かる名作椅子たちと比較したときに、この控えめな佇まいは特筆すべきものです。そこに隠されたデザインエッセンスの抽出を試みてみます。

 

①かたちの前にある、ものの気配を残したい

家づくりを始める際に設計士は、住まい手からどのような住まいにしたいのかをヒアリングします。その際に小さい頃どんな住まいで過ごしていたかといった、これからのつくる家の条件とは直接結びつかない質問を投げかける場合があります。住まいにまつわる原風景と呼べるようなシーンをきっかけとして、住まい手がどのような家を求めているのか、過多な情報で見えにくくなりがちな進むべき針路が見えやすくなることがあります。私たちがお手伝いできるのは、何を求めているのかはなかなか一人で考えていても整理がしづらい時に、言葉や絵やモデルをベースにスタディしながらその本質に接近することです。結果うまくいったかどうかは問題ではなく、その問いかけの行程が生まれるかたちに痕跡として残っていて、住まいながら再度そのプロセスを辿りなおすことができること。この椅子の平板なシンプルさの先には、ここにこんな椅子があったらなという願望が生み出した原風景の気配に満ちているように思えるのです。

 

②様々な人がいることの現実と向き合う完結させない余白

大量生産されていろんなテーブルとセットされるわけですし、背景となる部屋のインテリアの好みも様々あって、そんな坩堝に放り込まれてもタフに他者との関係を取り持つなんてとてもハイレベルな要求ですよね。ターゲットをしぼって何々風のインテリアには定番のこの椅子といった風に考えるのが賢明なところかもしれませんが、この椅子が目指すところは着地点が先にあってそこを目指す方向とは真逆の、そこに椅子があることでその世界が今までより少し新鮮な関係性を感じられたりするような在り方ではないか。デザインを研ぎ澄ます一歩手前で止める勇気、その残余に呼び込まれる恩寵。

 

③エッジから決まる全体の最適化

座ることはもちろんですが、それと同じぐらい手前に引く動作への配慮が椅子にとって大事になります。ちなみに私の自宅で使っている椅子は見た目のデザインはとてもよいのですがとても重くって家族から不評を買っていたものです。引手をかねて背に穴をあけたりすると使い勝手はよいのかもしれませんが、そのために開けましたという感がでては台無しですので、さりげなく機能とデザインが一致するポイントを模索することになります。この椅子の背には、ほんの僅かですが端部に外側に巻き込む型のエッジがあり、おそらくポリプロピレンという素材の強度を高め接触から保護する目的もあるのでしょうが、そのちょっとした引っ掛かりがあることでスムーズに椅子を引いたり持ち上げたりすることができます。椅子の重さから導かれたであろうそのエッジのサイズからは、主張することではなく使用者側に寄り添ったデザイナーの目線が窺えます。

 

④過剰なものから遠ざかること

学生のころに出会ったなだいなださんの本の中で、多くの人が向かう方向とは逆の選択肢を選んできたというエピソードがありました。物事のよしあしは見方をかえれば反転してしまうことがあり、どちらか一方に偏ってしまうのは健全でないとの趣旨だったかと記憶しています。大工という職種をクローズアップしモノづくりの現場から建設業界の在り方に風穴をあけよとする平成建設の社風にも通じるものがあるのかもしれません。ともすると華やかなしつらいのデザインに気をとられがちな気分を、作り手と利用者が同じ敷居の高さで同じ地平を眺めていける、そんなものづくりの現場を日々ともに目指していきたいものです。

 

平成建設藤沢支店の一日は、この椅子とテーブルの拭き掃除から始まります。お近くに来られた際は、この椅子とこのショールームが生み出す展示空間をご覧いただき、皆さまの住まいの原風景にまつわるお話を聞かせてください。