雑記

雪山の記憶と自由な版画

2月に入り卓上の芹沢銈介型染カレンダーは、薄いブルーの背景に白い峰が連なる雪山がモチーフだ。魚の骨状にも見えるグレーの線描は、尾根からなだれ落ちる斜面の陰影を模している。素朴な印象の単純化には独特のユーモアの感覚が宿り、日付を確認する目的に留まらない自由な精神の躍動が見る者の身体に響く。

 

スピードスケートの観戦で訪れた長野で、バスの待合時間に立ち寄った本屋の地元コーナーに置かれた白黒写真の表紙に目が留まる。雪原にくっきりと描かれた黒のサインカーブの重なりは、ジャコメッリが写真に収めた輪舞する修道僧を彷彿させた。「Stuben magazine」スノーカルチャーを紹介する編集者は、湘南に住みながら自身の身の丈の延長上にある誌面作りを追求した末にこの雑誌を生み出したと、いつかの新聞の記事でそういえば見たことがあった。

厚手で適度なざらつきの残る紙質、冒頭に並ぶ顔写真は誌上に登場する取材を受けた人物や、コラムの余白にさりげなく雪にまつわる小物のイラスト描いた画家など、複数の関係者を紹介するものだが、何よりも先に掲げるのはたった一人の編集者と、雑誌の印象を大きく左右する重責を担う一人のカメラマン、二人のポートレイトだ。編集者の声は偏った嗜好を印象つけないようにぼやかされている通常の雑誌と真逆であることは、昨年末の「早稲田文学増刊女性号」を責任編集した川上未映子氏の巻頭を飾った高らかでありながらも繊細な声、を思い起こさせる。

「そこでは、本当は何が起きてるの。(中略)ねえ、いまあなたは、なんて言ったの?」(前掲書より)

新幹線の駅とゲレンデが直結したスキー場に、会社の同僚と日帰りで行ってきた。滑走するスキーヤーを見下ろすリフトからは、自力ではなかなか辿れない道程で白の背景に茶の点描のパノラマを展開してくれている。自身はほとんどこれまで経験してこなかったウィンタースポーツであったので、長いスキー歴を持つひとりにどうしてみんな滑るんだろうね、石ころの転がる気持ちになりたいのかなと、素朴に聞いてみたところ彼曰く、かつていろんな雪山を体験したころの自分に戻るために滑りに来るのかもしれないと・・・。

 

白の斜面は芹沢氏の刻んだ抽象の裏側に、世界の具象が背中合わせにぴったりと貼り付いてあることを教えてくれる。複数に重層する世界の節目に表出する版画という扉、臨界面に現れる私という現象。