雑記

お気に入りの「買い置き」

皆様こんにちは。平成建設藤沢支店設計課の長野です。

買い物から帰ってきてもまだ暮れずにいてくれるほど日は長くなってきました。普段上り下りしている共用階段を、半階余計に登ってみたりすると空がいつもより少しだけ近くなりその分景色もいつもより少しだけ遠くまで見通せたりします。見上げた空の背景は時間の変化で一定のペースで群青色に向かっていくのと同時に、低空で流される雲に錯乱させられた光は周波数の違いによって目に届かせる色をランダムに変化させたりします。体調崩しやすい季節の変わり目、みなさまどうぞお身体ご自愛下さい。

さて前回近隣説明会を開催した計画中のマンション、会に参加された近隣の皆さまからのご意見が郵便で届いています。昨今メールで手軽に連絡がとれてしまうので手紙を受け取る機会が減っている中、少し新鮮だったのが細かな文字で丁寧に手書きされた文字と、封筒に貼られた記念切手です。何かの時にと郵便局で見かけて気に入ったものを買い置きしてあったものなのでしょう。伝える内容はさておいて、直接は見えない媒体の先に繰り広げられる生活の端緒が伝わる手紙というメディアはずいぶんと古めかしいものになってしまいました。

 

イタリアを舞台にした静謐なエッセイで記憶される筆者が、四半世紀にわたりある一人の友人と交わした手紙を、その筆跡や使用した絵葉書や封筒そのもので紹介している「須賀敦子の手紙」という本があります。思わず衝動買いを誘ってしまうこの本を眺めていると書かれてある言葉はもちろんなのですが、それ以上に書かれていない「時間」の厚みが行間から立ち迫ってくるのが魅力的です。同じ相手とのやり取りの手紙なので、前回の手紙としばらく経って書いた手紙の間に流れた時間はもちろんあります。ですが今ここで「 」に入れていうところの「時間」とは、ある時点と時点の間を流れた時間ではなくて、手紙を書こうとしたときの気持ちが選ばせた一枚の絵葉書はまさにその隣に並んでいたけれども選ばれなかった別の絵葉書があって作者が選んだものと選ばなかったものとが同列で並ぶ世界の地平がそこにあったという手触りが遠く海を隔て時代も異なる今ここにいる私の元にまで届くという意味で地続きに伝わる「時間」。この封筒を選び、この切手を選び、この色のペンで、あの人への手紙を、お気に入りの場所で過ごす一日の、ちょっとした合間で飲む一杯の紅茶とともに、、、と次々とシーンが巡り巡っていく時の「時間」なのです。

形に残るものは一部でその先に様々な情報の集積が紐解いてゆくと辿ることができる、そんなところは手紙も家づくりも似通っているというのは我田引水すぎるでしょうか。良質なマンションをそこに住まう匿名な人を思い描いて設計してゆくコトは、まだ書かれない遠くの友人への出すかもしれない未来の手紙を想いながら、記念切手を選び買い置きしておくコトと近しいような。