インタビュー

くきの皮膚科様 インタビュー1

◇ プロローグ ◇

4月1日の開業を前に、平成建設で開業をサポートさせていただいた「くきの皮膚科」様へインタビューに伺いました。今回から3回にわたり、インタビューの内容をお伝えしていきます。第1回目は開業を決意されるまでのお話です。

まずはクリニックに向かう車中で、営業担当の長野から情報を集めておきます。

  • 先生とは元々お知り合いでしたっけ?

  • 長野

    「高校の部活で久木野さんが1年先輩です」

  • 何部でしたか?

  • 長野

    「陸上部。僕はともかく、久木野さんは東海大会で優勝して、インターハイに行ったことがある凄い選手ですよ。僕の母校にある『富士に対す』という少年のブロンズ像は僕たちが在校時に作られたものだけれど」

  • 120周年記念の。

  • 長野

    「そう。久木野さんはその、脚のモデル(笑)」

「モデル級の脚線美を持つ体育会系ドクター」という予備知識を持ってお会いした久木野先生は、とても柔らかい喋り方をされる、穏やかな印象の方でした。
大きな開口、高い天井によって広々とした印象のクリニックとイメージがぴたりと合致します。

我々が到着した時、先生は業者さんと打ち合わせをされていて、入れ替わるように今回のインタビューがスタート。
ちなみに我々の取材の終了に合わせたかのように次の業者さんが現れ、開業前のドクターの忙しさを垣間見ることとなりました。

それでは、開業されたドクターの生の声をお届けします。

◇ 開業を決意された時期について ◇

  • いつ頃開業を決意されましたか?

  • ドクター

    「医者になった時から、いずれは地元に戻ってきて仕事をしたいという気持ちがありました。それこそ20代の頃からかな。ただ絶対に開業したいという希望ではなく、勤務医でもいいし、とにかく何らかの形で帰って来れたらと思っていました」

  • 実際に開業に向けて動き出されたきっかけは何でしたか?

  • ドクター

    「東日本大震災です。本当に色々考えさせられました。震災の後、こちらに生活の拠点を移して東京の病院へ通勤し始めたんですが、やはり地元に戻ってくると『ここでクリニックを開業したいな』という気持ちが強くなっていきましたね」

  • 地震がなければ開業の時期は変わっていた。

  • ドクター

    「変わっていましたね。それは確実に。地震で戻ってきたことによって、以前からぼんやり描いていた計画を実行することになりました」

多くの傷跡を残した震災ですが、目に見えない影響も測り知れません。
震災で直接的な被害を受けなかった地域でも、ご自身の人生を振り返るターニングポイントとなった方は多いようです。

◇ 地元での開業にこだわるわけ ◇

  • 地元での開業は、ご自身が生まれ育った土地に「何かを還元したい」というお気持ちでしょうか?

  • ドクター

    「それもあるし、今まで自分がいろんなところで教えて貰った技術を使って、患者さんに満足して貰えたらというのもあります。これからも東京の……品川のNTT東日本病院に非常勤として通いますが、そこで常に新たな技術を身に付けたい、技術と知識を磨いて、地元に還元したいと思っています」

  • 開業後も勉強を続けられるんですね。

  • ドクター

    「開業医になるとどうしても新しい技術や知識に触れる機会が減って、現状に留まってしまうことが多いですからね。あと、やっぱり設備の整った東京の病院で診たほうが良いという患者さんに関しては、そちらに来てもらうという選択肢も残せるから」

  • 長野

    「どうしても医療過疎の問題……まあこの辺(伊豆の国)はそれほど過疎地というか、田舎ではありませんが、東京であれば良い治療方法があるのに、地方だから受けられない、治らないという状況にはなって欲しくないんです。だから、そういう点が改善されるのは僕も嬉しい」

  • 地域医療の面からも、今後開業医の重要性は増していきます。

  • 長野

    「近くの総合病院から、この辺りに皮膚科が少なかったので良かった、患者さんを逆紹介できるようになって助かったというお話もあったので、既に地域貢献にはなっているのではと思います」

  • ドクター

    「本当にね。こちらも困ったら向こうに相談できるし、逆に総合病院で診療するほど重篤ではない患者さんはこちらで引き受けられるし、患者さんにとって良い環境になりますよね。患者さんに『久木野が戻ってきてくれて本当に良かった』と思って貰えるような医療を提供していきたいです」

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かかりつけ医と専門病院が提携する地域医療が進む中、今後は久木野先生のような豊富な経験を積まれたドクターが、地域のかかりつけ医としてゲートキーパー役を引き受けてくださることが、医療財源の負担を減らす大きなポイントとなるのでしょう。患者さんの満足度と医療費削減は、ドクターひとり1人の診察の在り方に大きく左右されるのだと思います。

◇ ご家族の支えがあっての開業 ◇

  • 長野

    「開業にあたって、奥様が東京の方ですから、ご家庭の中で衝突はありませんでしたか?」

  • ドクター

    「多分ね、あれよあれよという間に巻き込まれていった(笑)。自分はむしろ、彼女に協力して貰わないと無理だという気持ちがあったので、最初、いや2回目の話し合いから一緒に出て貰いました。彼女も参加すれば、僕たちがどんなことをやるのか、やっていくのかというのが分かると思ったので。だから、うーん、特に反対はなかったかなあ」

  • 奥様はどれぐらいの頻度で打ち合わせに参加されましたか?

  • 長野

    「ほぼ全て同席されています。あそこまで同席されるのは、あまり無いことですよ」

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  • ドクター

    「デザインとかそういうのに関して、例えば待合室の椅子の色とかね。そういうのは僕が何か言ってもすぐ却下されてたね(笑)」

  • 長野

    「そこはね、意見を聞いておいた方がいい部分ってありますからね(笑)」

  • インテリアは奥様のご意見を採用された。

  • ドクター

    「そう。それで最終的には奥村さん(設計担当)ね(笑)」

  • 長野

    「ある程度提案はさせていただいても、最終的な決定はお客様にしていただきますので(笑)。奥様がプロジェクト全体を把握されていたので、インテリアについてのアドバイスも可能でしたね」

  • ドクター

    「そうだよねえ。本当に感謝、感謝です」

  • 長野

    「小さいお子様を抱えて、数多い打ち合わせに参加するというのは中々できません。お子様がいらっしゃると準備も大変ですから」

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  • インテリア以外に奥様が積極的に関わられた部分はありますか?

  • ドクター

    「採用活動ですね」

  • ご夫婦で面接をされた。

  • ドクター

    「それと平成建設の長野さんね(笑)。面接時の紹介で、『こちら、院長先生です』『宜しくお願いします』『こちら、平成建設の長野さんです』」

  • 長野

    「『宜しくお願いします』。お前誰だって感じですよね(笑)。今回は特例で、僕も採用面接に参加しました」

  • ドクター

    「採用はまず履歴書からですよね。これが、意外に嫁さんと僕で見ているところが違いました。自分は字の丁寧さや職歴を見ていましたが、彼女はまた違ったところを見ていたようなんですね。自分が履歴書を見てパッと『いいな』と思った人でも、会ってみたら『ちょっと違うな』と思ったり、履歴書の段階ではあまり意識しなかった人を、嫁さんが『この人いいよ』と言って、実際に会ってみたら本当にいい人だったりして。
    働いていただきたい方はたくさんいらっしゃったんですが、スタッフの人数や年齢バランスの制約があり、残念ながらお断りせざるを得なかった方もいて、職員採用は難しいと感じました」

開業はご家族の支援なしでは実現しません。
多くのドクターが、奥様と一緒に打ち合わせに参加し、計画の内容をご夫婦で共有されています。引っ越しを伴う開業の場合、お子様の年齢や入学、卒業のタイミングなどを考慮される方が多いようです。
また奥様が面接に携わることで、女性目線での気づきが反映され、その独自の視線に感心されるドクターもいらっしゃいます。

次回は「平成建設と久木野先生の出会い」についてお届けします。

 

くきの皮膚科

くきの皮膚科

静岡県伊豆の国市韮山
2016年4月1日に開院された「くきの皮膚科」様 公式サイトです。
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