
しかし、古来、神社仏閣を建築する事は慶事であり、神事であった影響を受け、今でも建築の工程には様々な形で祭礼が残っています。
そして、地鎮祭には神主を呼ぶ地方が多いかと思いますが、上棟式では棟梁が神官の代わりに祭りを行うのですから、大工と神事のつながりは、現代においてもまだ生きていると言えるでしょう。
なぜ大工が神事と縁が深いのか。
理由の一つには大工が、寺社仏閣の建築や、祭礼に使う神輿や山車の造作を手掛けたという事があげられます。
大工はいわば「氏子の代表」として祭礼に臨み、その一部を取り仕切るようになりました。
大工は、このような長い歴史を継承すると共に、伝統的な木造軸組構法の技術も受け継いでいます。 材を加工し、組み合わせ、「木材」を「家」というものに再構築する大工の技術は、日本が誇る伝統技術の一つです。
のみ、かんな、のこぎりは良く目にするけれど、墨つぼ、槍鉋(やりがんな)となると、滅多にお目にかかる機会がない。現場ではまだ現役。
一見すると暗号のような「五」「を」という文字は、木材を加工する際に使われる番付という符丁。この番付を目印に家を組み立ててゆく。
施主様の希望により上棟式を行う場合、棟梁が工事の無事を祈願して祭祀を執り行う。上棟式では木遣り歌を歌い、餅まきや菓子まきが行われる事もある。

「櫻井さんは魔法使いみたい」
弊社の棟梁の一人が実際に施主様に言われた言葉です。施主様は更に「私のやってほしいこと、何でもできちゃう」と続けられたそうですが、櫻井は最初、何を言われているのか良く分らなかったそうです。
大工にとって身近にある木工の技術が、大工作業をした事のない方にとっては、まるで魔法のように見えたのでしょう。
大工の仕事は切る、削る、打つと、それ自体はシンプルですが、同時にシンプルだからこそ精度を求めれば果てが見えません。
一本一本、表情もクセも異なる木材を加工するということは、ベテラン大工となってもまだ「ここで良い」という終わりが見えない、非常に奥の深い仕事です。
複雑に組み合わされた継ぎ手や仕口は、古来より大工の師匠から弟子へと受け継がれた技術であり、私たちはこの技術を、次の世代へと引き継がねばなりません。
しかし現状を顧みると、熟練大工の引退と共に、大工人口は毎年減少の一途を辿っています。毎年約2万人もの大工人口が減少している背景には、次世代を担う若手大工の育成が十分でないことが上げられます。
子供たちの「将来なりたい職業」の上位に上げられながら、現実的には大工を希望する若者を受け入れ、育てるための態勢が整っていないのです。
また同時に、建築工程の分業化を進めた結果として、大工の単能化が進み、かつての棟梁のように、一人で何でもできる万能型大工の数は更に少なくなってしまいました。
その結果、大工という職業の魅力が減少し、大工が得られる賃金が減少していることも事実です。
大工を一人前に育てる為には、時間とコストがかかります。だからこそ、大工が居なくなってから慌てて育成をはじめては遅いのです。
古来より受け継がれてきた技術を絶やすわけにはいきません。
人への投資は未来への投資。
10年、20年先の建築業界のため、私たちは伝統を繋ぎ、更に新たなる価値を生んでいく若い万能型大工の育成に、積極的に取り組んでいます。
木材に墨で、加工のための印をつける。印をつけるためには当然、設計図を読めなければならない。
墨付けをする際に使用する指矩(さしがね)や罫引(けびき)、墨壷、墨さしなどは大工ならではの道具。
図面に従い、墨付けされた木材を刻む。墨の通りに加工する。木をまっすぐ切る。接合面をぴったりと合わせる。言葉にすると単純な作業だが、非常に高い精度が要求される。
髪の毛一本ほどの厚みで仕上がりがまるで違う上、扱う木材は一本一本が異なる性質をもつ。熟練の大工でも丁寧、慎重な作業が欠かせない。
室内をあつらえるのも大工の仕事。普段目にする場所だから、自然と細かい仕上げも丁寧になる。
現場によって様々な作業があり、ひとえに「こういう仕事」と言い切れない奥深さがある。
棟梁のアドバイスを受けつつ、敷居を入れる。敷居は現場合わせになる事が多く、現場で少しずつ加工しながら、ぴったりと収まるように仕上げる。